最高裁判所第三小法廷 昭和33年(オ)212号 判決 1958年6月10日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人本田義男の上告理由(一)、(二)、(三)点について。
論旨は、印影が鮮明であるかどうかの判定につき証人の証言を判断の資料に加えたことは採証の法則に反する、というのである。
しかし、原審は、原判決の挙示する証人の証言により、所論の署名下の各印影は、いずれも、署名者がその意思に基き各自己の印章を押捺することにより顕出したものであることを認定した上、これと甲各号証の検証により認識された印影の鮮明度とを総合して、所論の署名を署名者の押印のある有効な署名と認むべきものとしたものと解すべきであつて、所論は、原判示に添わないものである。
同(四)点について。
論旨、所論署名下の各印影は署名者の氏名との関連性を欠くから、右署名は押印を欠くものとして無効と解すべきである、というのである。
しかし、印影の内容自体から署名者の氏名との関連性が推認されない場合でも、署名者が自己の印として使用する意思をもつて押印したものであることが認められる以上、押印のある有効な署名と解するに妨げがないことは、原判示のとおりであり、地方自治法上、所論のように解すべき根拠はない。
同(五)点について。
所論は、同一筆跡の数個の署名がある場合にそのうち一つを有効とする委員会の判定に間違いがなければ、委員会の処分は適法視さるべきであるとの見解を前提として所論下段記載の署名と上段記載の署名との筆跡の同一性を立証するための上告人の鑑定の申出を原審が拒否したことを非難するものである。
しかし、署名の効力の決定は個々の署名につきなさるべきものであり、署名の効力についての争訟においても、個々の署名の効力がその対象となるものであるから(昭和二八年(オ)第一一二二号同三〇・九・二二第一小法廷判決参照)、裁判所は、訴訟の対象となつた署名が自署として有効と認められる限り、その有効であることを宣言すべきものであり、選挙管理委員会がすでに同一筆の他の署名を有効と判定している事実があつたとしても、この事実は訴訟の対象となつた署名の効力の判断に影響を及ぼすものではない。従つて、原審が所論の鑑定申出を却下したことは当然であり、なんら違法ではない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己)